『鬼の助』 畑中弘子・作 辻恵子・絵

2007.06.09
鬼の助 鬼の助
畑中弘子 辻 恵子 (2005/11)
てらいんく

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鬼の助は、りっぱな鬼になるために、人に化身して、
人間を喰らいに村に降りてきます。

文も絵も憧れの絵本です。
あらためて拝読させていただく機会に恵まれて、この物語の奥行きを楽しんでおりました。
勝手な読み方をすれば、誰の心にも鬼のタネはあって、育ててしまうのは人間なのです。
掟(さだめ)のとおり人間を喰らい、そうそうに山に帰った仲間(鬼達)の行く末を、切なく、想います。
荀子の性悪説にも通じますよね。
そうしてつくづく思い至っておりました。
「助はよかったなあ。幸せだったなあ」と。


畑中先生の新刊『わらいっ子』が「TBSラジオブックス」で朗読されるそうです。詳しくは先生のホームページ「ダイアリー」まで。


畑中先生は、先生とお呼びすると「『さん』にしてね」と対等の立場であることをとても大切にして下さいます。
有難いことです
私にとって、「先生」とは、文字どおり、先に生じてその世界に立つ人のことですので、当然「先生」なのです。
(お会いしたりお話したことがなくて「先生」とお呼びするのに失礼がある場合は「さま」「さん」と表現することもあります)

追記なのに長文でごめんなさい、で↓


でも、自分をそう呼ばれる環境に置くことには、抵抗があります。ダメだなあと思いつつ、せっかくの講演会などのご縁も断っています。たぶん創作のほうでは、これからも、そんな調子だと思います。ひとりで悩み、気がつき、コケて 書いていくのが好きなのです。
それを、教えるとなると、的外れになったりするのです。
子供の頃に培ったイメージの風船は、伸び縮みはしても、切ったり付け加えたりはできないのです。・・・お許しください。

その代わり、社会人として、過去に基礎を身につけたことは還元しようと思いました。今の職場は、目指しているものにぴったりでした。
職場でも、向上心や質は求められても「先生」は求められていませんが、これは”先生然”と権威をちらつかせるのを指しているのだと思います。
壇上に立ち、教える立場である以上、どんなに未熟でも、「先生!」と呼ばれます。
その時に「はいっ!」と応えられかどうかは、もちろん、私自身にかかっています。
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