旅のメモ〜その2〜
2007.06.03
☆足立美術館にて。
和鋼博物館のあとに向かったのが、足立美術館です。学生時代に母と訪れて以来です。横山大観のコレクションは日本一、庭園のナンバー1に選ばれている、などのきらびやかなイメージにうまく調和している情緒や品のよさは、変わっていませんでした。
ここでは庭園そのものが一枚の絵として管理されていて、廣田さんによると、背景にあたる安来の山々まで買って手入れをされる徹底ぶりだそうです。
厳かな気持ちになったあと、館内の喫茶店のソファーにゆったりすわって、お抹茶アイスを食べながら、南山先生のUMA話を拝聴できました。
UMA(Unidentified Mysterious Animal)は、南山先生が造られ公式となった言葉ですが、あくまでこれは和製英語であって外国では通じないそうなんです。UMAな裏話などもコミカルに語って下さり面白かったです。こちらについては南山先生の次の新刊を心待ちにさせていただきます。『ムー』をまた読みたくなりました。子供の頃読んだ本で特に鮮烈だった、洞窟から出てきた緑色の人間の話についても、先生からコメントをいただけて至福でした。ちなみに島根でUMAな生き物って何だろうの私の問いに、廣田さんは「ヒバゴン!」と即答でした。――なるほど。
※安来の比婆山は、古事記にも出てくる。
こちらは夕食の豪華海鮮どんぶりや変わり茶碗蒸し
☆松江城(別名:千鳥城)にて。
長くその由来を忘れていましたが、優美な姿を「千鳥が羽を広げた姿に似る」の例えでついているそうです。学生の時は同じ黒っぽい外観で烏城と呼ばれている岡山城と比較したものです。
さて。南山先生によると「ノー天気な我々」に相応しくさっぱりとした青空の下、城内を散策しました。
城の中では、明治初めの廃城令より前のものと見られる藩からのお達し「この城は要りませんから壊しなさい!」(強引な訳でもあらず)の通達文も保存してあって、昭和生まれの私が読んでもその横暴ぶりがなんとなく判るものでした。一箇所にかつての城主たちの兜を集めているコーナーがあったのですが、そこは空気も重く独特な雰囲気に包まれていました。写真撮るのが怖かったです。
展示品の隣りには、二十代に勤めていた会社の加湿器も置いてあって、あれまあお久しぶり〜! 思わぬ再会でした。
<写真右>ジーンズ姿が粋な高田先生はどこでも絵になっていらっしゃいました。
<左>畑中先生、絵師になる〜の場面。戦後大衆文化某の展示チラシに載っていた「少女クラブ」の画像から、昔の少女絵の話になりました。すらすらとお描きになられて……この女の子、私ですよね?(なんと、厚かましい)
早くも『暗闇のゲームセンター』の3刷しますよ〜いいですか〜、の通知をいただきました。
つい先日、2刷の見本をいただいたばかりですのに。
原稿、第一陣、10日までに投函します(宣言)
和鋼博物館のあとに向かったのが、足立美術館です。学生時代に母と訪れて以来です。横山大観のコレクションは日本一、庭園のナンバー1に選ばれている、などのきらびやかなイメージにうまく調和している情緒や品のよさは、変わっていませんでした。
ここでは庭園そのものが一枚の絵として管理されていて、廣田さんによると、背景にあたる安来の山々まで買って手入れをされる徹底ぶりだそうです。
厳かな気持ちになったあと、館内の喫茶店のソファーにゆったりすわって、お抹茶アイスを食べながら、南山先生のUMA話を拝聴できました。
UMA(Unidentified Mysterious Animal)は、南山先生が造られ公式となった言葉ですが、あくまでこれは和製英語であって外国では通じないそうなんです。UMAな裏話などもコミカルに語って下さり面白かったです。こちらについては南山先生の次の新刊を心待ちにさせていただきます。『ムー』をまた読みたくなりました。子供の頃読んだ本で特に鮮烈だった、洞窟から出てきた緑色の人間の話についても、先生からコメントをいただけて至福でした。ちなみに島根でUMAな生き物って何だろうの私の問いに、廣田さんは「ヒバゴン!」と即答でした。――なるほど。
※安来の比婆山は、古事記にも出てくる。
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こちらは夕食の豪華海鮮どんぶりや変わり茶碗蒸し
☆松江城(別名:千鳥城)にて。
長くその由来を忘れていましたが、優美な姿を「千鳥が羽を広げた姿に似る」の例えでついているそうです。学生の時は同じ黒っぽい外観で烏城と呼ばれている岡山城と比較したものです。
さて。南山先生によると「ノー天気な我々」に相応しくさっぱりとした青空の下、城内を散策しました。

城の中では、明治初めの廃城令より前のものと見られる藩からのお達し「この城は要りませんから壊しなさい!」(強引な訳でもあらず)の通達文も保存してあって、昭和生まれの私が読んでもその横暴ぶりがなんとなく判るものでした。一箇所にかつての城主たちの兜を集めているコーナーがあったのですが、そこは空気も重く独特な雰囲気に包まれていました。写真撮るのが怖かったです。
展示品の隣りには、二十代に勤めていた会社の加湿器も置いてあって、あれまあお久しぶり〜! 思わぬ再会でした。
<写真右>ジーンズ姿が粋な高田先生はどこでも絵になっていらっしゃいました。<左>畑中先生、絵師になる〜の場面。戦後大衆文化某の展示チラシに載っていた「少女クラブ」の画像から、昔の少女絵の話になりました。すらすらとお描きになられて……この女の子、私ですよね?(なんと、厚かましい)
早くも『暗闇のゲームセンター』の3刷しますよ〜いいですか〜、の通知をいただきました。つい先日、2刷の見本をいただいたばかりですのに。
原稿、第一陣、10日までに投函します(宣言)
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